松尾山 小早川秀秋陣跡

以前関ケ原古戦場を巡るハイキングに行きましたが、その時行けなかった松尾山を目指しました。松尾山は西軍から東軍に寝返った小早川秀秋が陣を置いたところですが、実際には松尾山城という山城が、関ケ原の合戦以前に設けられていたところです。

関ケ原駅から登山口までは車道を歩きます。交通量の多い国道を避けて裏道を歩くと、結構風情がありますね。3月のためか、工事があちらこちらで行われていて通行止めの箇所があり、ちょっと遠回りを強いられました。

関ケ原の裏道
関ケ原の裏道

登山口は、Google Map上でもPの駐車場マークが付いていますし、メインの道路からの入り口には大きな看板が出ていますから、すぐわかります。

松尾山登山口入り口
松尾山登山口入り口

駐車場は数台分程度。割と狭い場所でした。そこからの登山道はしばらくはよく整備された林道。歩きやすい道です。おおむね植林された杉やヒノキの林を通ります。視界はあまりよくありません。傾斜が緩いので楽です。

松尾山への登山道
松尾山への登山道

さらに登り続けると、途中で山道が分かれます。急な場所には階段が設けられていますが、これがかなりの段差があり、かえって邪魔。尾根に出て若干の上り下りを繰り返します。

松尾山上頂上に近い尾根道

しばらく歩くと山頂。山城らしい土塁に囲まれたわずかな平坦地が主郭です。土塁の直下に立てられていた説明板によると、松尾山城の歴史は1400年頃にまでさかのぼることができるようです。関ケ原の真上という要衝の地ですからねえ。

松尾山上の歴史
松尾山上の歴史

松尾山城から見た関ケ原はこんな感じ。左は伊吹山です。

松尾山城跡から見る関ケ原
松尾山城跡から見る関ケ原

これを見ると、関ケ原よりは大分標高が高く、また距離もあります。歴史上では徳川軍が小早川陣地に大砲を打ち込んで寝がえりを促したことになっていますが、徳川家康の陣地はかなりこの写真では右寄りにあったはずですから、とても松尾山の山上まで弾が届くとは思えませんね。小早川軍の兵も、狭い松尾山城の中に収容できるわけがないので、本体は山麓にいたのが実際ではないでしょうか。

松尾山城の主郭と主郭を囲む土塁はこんな感じ。

松尾山城の主郭
松尾山城の主郭
松尾山城の主郭を囲む土塁(虎口付近)
松尾山城の主郭を囲む土塁(虎口付近)

この日は、そのまま関ヶ原に戻るのも芸がないので、反対側(南側)に東海自然歩道をたどり、中山道の今須宿を経て、柏原宿まで歩き、JR柏原駅から帰ることにしました。まずは、今須の平井集落を目指します

関ケ原古戦場ハイキング

関ケ原と言えば言わずと知れた1600年、関ケ原の合戦の場所。しかし、関ケ原古戦場にあるものと言えば「ここは徳川家康の陣地」「ここは石田三成の陣地」「ここは合戦の場」といった、記念碑だけというイメージでいました。ですから「わざわざ歩きに行くこともないだろう」と思い込んでいました。

ところが、ハイキングの目的地選びの参考にと購入した「日帰りウォーキング 東海 (大人の遠足BOOK)」という本を見てみると、「エコフィールド」とか「東海自然歩道」の文字が。「え?関ケ原って、陣跡の看板を見て歩くだけじゃないのね?」と思い直し、10月12日、紅葉のシーズンにはまだだいぶ早いですが、歩いていても暑さを感じなくなったころに出かけました。

まずはこの日の関ケ原古戦場ハイキングの行程を編集した動画から。

JR関ケ原駅を出たら、駅前の観光案内所でハイキング用のマップを手に入れることができます。数多くのコースが設定されていますが、この日は「日帰りウォーキング東海」に載っていたコースにほぼ沿って歩くことにしました。でもいつか、小早川秀秋が陣をしいた松尾山とかも訪ねてみたいですね。

JRの駅から道をたどり、高架でJRの線路を越えます。その先にあるのはできたばかりの岐阜関ケ原古戦場記念館。この日はオープニング直前で、セレモニーが行われていました。体験型のミュージアムのようなので、また今度来たいですね。

さて、記念館は素通りして、まずはコンビニでお弁当を買います。今日のルート上にはレストランはないのです。日本の田舎は途中食べるところが限られており、調べてから行っても閉まっていることも多く、注意が必要です。ですからこの日はあらかじめ弁当を買い込むことに。

岡山烽火場

まず目指したのは岡山烽火場(のろしば)。合戦の開始を告げた場所ですね。小高いところで、関ケ原駅からも旗が立っているのが見える場所です。ここまでの道は、集落の間を抜けるところも歴史を感じさせますし、竹林の斜面も風情があってお勧めです。

竹林を抜ける

烽火場からは樹林の中、東海自然歩道に沿って進みます。急な上り下りもない、気持ちの良い山道です。やがて到着するのがエコフィールド。農業用のため池がいくつか並んだところを道が通っています。きっと水生生物などが多くいるのでエコフィールドになっているのでしょうね。

エコフィールドへ

関ケ原の合戦決戦地

エコフィールドを抜けると道は平地に下り、国道の下をくぐります。しばらく歩くとコスモスの花畑が見えて来て、その先が決戦地。記念碑が立っているだけです。

コスモス畑と決戦地

笹尾山石田三成陣跡

決戦地の向こう側、山の上に見えるのが石田三成が陣をしいた笹尾山。その登り口には笹尾山交流館という施設があり、鎧兜を借りて身につけることができるとか。ここから笹尾山までは一登りです。笹尾山の頂上からは関ケ原が一望できます。

石田三成陣地笹尾山頂上

さて、笹尾山からさらに東海自然歩道をたどるのですが、どうもどこに道があるのかがわかりません。しばらく探すと、笹尾山頂上にある神社の奥の笹に覆われた中に踏み跡らしきものが。「これかな」と思って進むと、次第にはっきりしてきて、東海自然歩道によくある丸太を横に並べた階段が。間違いないですね。道は集落の中に入っていきます。

集落の中で見かけるのが、自然石のようにしか見えない石が祀られているもの。お地蔵さんが風化したのか、それとも自然石をお地蔵さんに見立てたのか。あるいは関ケ原合戦で亡くなった武士を弔うための墓碑であったのか。正体はわかりません。

自然石を祀る?

このあと、島津義弘陣跡、開戦地、小西行長陣跡、徳川家康最後陣跡、そして東首塚とまわって関ケ原駅に戻りました。この辺りは「記念碑巡り」みたいなものになりますから、ハイキングとしてはあまり面白くないですね。

後日小早川秀秋の陣跡である松尾山へ行った話はこちら