馬籠

2020年11月、中山道ぎふ17宿という毎年行われているイベントに参加して馬籠に出かけました。馬籠で地元のガイドさんに落ち合い、馬籠宿を案内していただいて、ランチを食べるというプランです。

馬籠宿の散策を始めてすぐに目に入る水車。復元されたものですが、現在は水力発電に使われているのだそう。

馬籠の水車

ガイドさんの先導で馬籠を散策します。馬籠の街づくりにかかわった方で、いろいろな裏話も聞けてとても面白い。

ガイドさんと馬籠を散策
馬籠の町並み
馬籠の町並み

木曽の五木の特徴を伺ったり。

木曽の五木
木曽の五木

そして馬籠から妻籠へと向かう旧道に入ります。

馬籠から妻籠への道

ランチは峠の手前にあるこちらのレストラン。ガイドさん一家の経営だそうです。食べきれませんでした。

ガイドさんと別れた後、島崎藤村の記念館に寄って帰りました。

島崎藤村記念館
島崎藤村記念館

ちなみに、現在馬籠は岐阜県に属していますが、以前は木曽、つまり長野県だったそうです。長野県だと外れになってしまう馬籠の子どもたちは、長野県内の高校に通うのも大変で、親せきなどを頼ってより近い岐阜県中津川市の学校へ行っていたとか。

そこで妻籠の住民が岐阜県への編入を求めて長野県に働きかけたところ、猛反対したのが学校の先生たちだったとか。いわく「木曽路を代表する『夜明け前』を書いた島崎藤村の出身地が、長野県でなくなってしまう」。おいおい、誰のための教育か、というようなお話。ちなみに裏は取っていません。

中山道柏原宿

今須宿からひたすら歩き(と言っても1時間かかりませんが)、柏原宿に近づくと、右手の神社の入り口に「長比城跡登り口」の案内が。長比城と書いて「たけくらべじょう」と読むそうです。次回のハイキングはここにしようかな。

長比城入り口
長比城入り口

ちなみに、この神社の参道は分水嶺に位置しており、右側の溝を流れた水は伊勢湾へそそぎ、左側は琵琶湖を経て大阪湾に至るようです。関ケ原のあたりは地峡のようになっていて、分水嶺らしい尾根が見当たらないので、どこにあるのだろうと思っていましたが、ここでした。

その近くには、中山道以前の東山道のなごりもありますが、道としては既に機能していません。

踏切を超えると、柏原宿に入ります。道路の舗装の色が変わり、「ここから宿場町だよ」と教えてくれます。案内板によると、柏原宿は室町時代に成立した模様。

柏原宿の歴史
柏原宿の歴史

照手姫傘地蔵

しばらく進むと出迎えてくれるのが照手姫傘地蔵。写真右側の背の低い方が照手姫傘地蔵だそうですが、そんなに古いものには見えないのですが…保存状態が良かったのでしょうか。照手姫の伝説は各地に残っていますが、照手姫傘地蔵のストーリーはこちら

照手姫傘地蔵
照手姫傘地蔵

柏原宿の様子。宿場っぽい雰囲気は残っていますが、馬籠のようなところを想像するとがっかりしますね。この日は柏原駅に来ることが目的だったので、柏原宿の散策はなし。後日訪れることとしました。

柏原宿
柏原宿

ちなみに柏原宿周辺には、さほどメジャーな観光地になってはいないものの、名所旧跡がたくさんあります。こちらの観光地図を参照してください

中山道今須宿

関ケ原から、小早川秀秋の陣があった松尾山を越え、麓の平井集落聖蓮寺を経て、今須宿に入りました。途中道路工事で予定していた道が通れず、本陣跡の近くから今須宿に入りました。近くには、今須川にかかる今須橋脇の常夜灯があり、近くの民家が素敵なので一緒にパチリ。

今須宿 今須橋の常夜灯
今須宿 今須橋の常夜灯

それ以外は、本陣もすでになく、かつての建物としては唯一問屋場が残っているくらいです。

今須宿 問屋場
今須宿 問屋場

お腹が空いて、飲食店を探しましたが、街道沿いの通りには皆無。どこか知らないところにあるのでしょうか。

妙応寺

今須宿の本陣跡のすぐ北側にあるのが妙応寺。岐阜県で一番古い曹洞宗のお寺だそうです。あまり大きなお寺ではないですが、面白いのが寺の構造。本堂を中心に、山門までがぐるりと回廊でロ字型に繋がっています。ここまできれいに繋がっているのは珍しいとか。

中山道今須宿妙応寺
中山道今須宿妙応寺

妙応寺境内には、関ケ原の合戦を終えた徳川家康が今須宿に立ち寄り、腰かけたと伝わる石が置いてあります。本当に腰かけたかどうかは定かではありませんが、今須は関ケ原の隣で、当時の東山道(のちの中山道)が通っていましたから、徳川家康が通ったことは間違いないでしょう。

徳川家康腰掛石
徳川家康腰掛石

街道の宿の面影はあるものの、食べるところのない今須宿を後にして、柏原宿へと向かいます。

車返しの坂

今須宿の町並みを出てしばらく歩いていくとあるのが車返しの坂。今では地蔵様が祀られています。なんでも、南北朝時代に平安貴族が荒れ果てた不破関屋に風情を求めて牛車で京からやってきたものの、建物の修繕が済んだと聞いて、宿場へ入る前のこの坂から京へ引き返したとか。このストーリーについて詳しくはこちらを参照

芭蕉句碑と寝物語の里

更にしばらく進むと、工場の敷地内?に芭蕉の句碑が。

芭蕉句碑
芭蕉句碑

そしてさらに進むと、岐阜滋賀の県境、昔の近江と美濃との国境にある寝物語の里。ここは国境の両側に接して建物があったので、隣の国で話す声が夜聞こえることからこう呼ばれたとか。いろいろな伝説もあるようですが、詳しくはこちら

寝物語の里
寝物語の里

ここから滋賀県に入り、柏原宿はもうすぐです。

近江長浜 毛利志満 長浜黒壁店で近江牛ランチ

2月11日の祭日に、夫婦で長浜に出かけました。ここで言う長浜は近江長浜、滋賀県の長浜市です。今までに何度か訪れたことがありますが、今回の目的は主にショッピングとランチ。順序は違いますが、まずはランチの紹介から。

毛利志満 長浜黒壁店で近江牛ランチ

毛利志満は近江八幡に本店のある近江牛の名店。長浜市の黒壁地区に長浜黒壁店があります。北国街道(北陸道)に面したお店で、古民家を使ったレストランです。ここは以前ギャラリーだった場所のような気がしますが、記憶違いかもしれません。

毛利志満長浜黒壁店は特に休日は人気で、ランチは予約しておくほうがベター。予約なしで行ったら席がなく、30分以上町をぶらついて席が空くのを待っていました。

毛利志満長浜黒壁店で食すものと言えば、近江牛一択です。それ以外のメニューはそもそもないのですが。ランチメニューは3千円前後のセットメニュー(牛カツ、ステーキ、お重など)と、分厚い鉄板の上で高級な近江牛を焼いて食べる7千円から9千円のコースメニュー(二人以上)とがあります。

バレンタイン前ということもあり、ここは気張って鉄板メニューを注文。二人ですから、2種類のお肉を頼んで食べ比べ。

はい、これがメインのお肉の鉄板焼き。一人前150グラムです。脂もしつこくなく、これはうまい!このほかに前菜、ご飯、汁、漬物、そしてデザートとしてフルーツが付きます。

毛利志満長浜黒壁店の近江牛ランチ
毛利志満長浜黒壁店の近江牛ランチ

一見量が少ないようにも見えますが、もう若くない夫婦にとっては十分すぎます。食べ盛りの高校生・大学生の息子を連れて来るところではないですが。「機会があればまた来たい」が結論。

魚三でウナギのかば焼きを

毛利志満長浜黒壁店の近くにあるのが魚三。

魚三
魚三

何?魚屋さん?と思いましたが、このお店で販売しているのは琵琶湖周辺の水の幸。写真のような滋賀県名産の鮒ずしも各種。得手ではないのでこれは避けましたが。

魚三店内
魚三店内

我が家が買ったのは国産ウナギのかば焼き。写真右奥にちらりと写っていますね。この日、帰宅後に夕食で頂きましたが、これは絶品!近くのスーパーのウナギのかば焼きに比べると値段は倍以上しますが、味は三倍以上ですね。長浜近くに来たら、また立ち寄って購入すると思います。

さらに近くの黒壁オルゴール館で見つけたガラス細工のひな人形を購入。娘がいますから、お土産です。

ガラス細工のひな人形
ガラス細工のひな人形

盆梅展

帰りがけにはちょうど開催されていた盆梅展を見学。中には樹齢400年の梅も。なかなか迫力がありますね。一足早い春を堪能しました。

盆梅展
盆梅展
樹齢400年の梅
樹齢400年の梅

琵琶湖畔の水鳥

この日車を停めたのは長浜城近くの公園の駐車場。琵琶湖畔を散策すると水鳥がいっぱい。風もさほど冷たくなく、快適な一日を過ごすことができました。

琵琶湖に浮かぶ水鳥

愛知県 西尾市 茶畑と抹茶パフェに出会う

2020年10月29日、名鉄(名古屋鉄道)のキャンペーン切符を利用して、西尾市へ行ってきました。この切符は乗車券にお土産(抹茶飴)の引換券や、西尾市内のカフェで抹茶パフェを食べられるチケットが付いたもの。

西尾という町は、江戸時代には西尾藩6万石として栄え、西尾城もありました。現在でも三河の小京都と呼ばれている…ということになってはいますが、行ってみての感想は「小京都と呼ぶにはかなり無理がある」現実でした。

最近は抹茶の産地として知られるようになり、特にお菓子用などに使われる原料としての抹茶生産が行われているようです。

名鉄西尾駅を降りて、まずは西尾城の方へ向かいます。市街地の道歩きで、歩いていて楽しいことは別にありません。道沿いで見つけたのは、抹茶関連の商品が充実した茶店、抹茶ラボ 西尾伝想茶屋店。名鉄のチケットはここでも使えますが、歩き始めたばかりなので我慢して先へ。

抹茶ラボ 西尾伝想茶屋店
抹茶ラボ 西尾伝想茶屋店

尚古荘

西尾城の手前にあるのが尚古荘という名の日本庭園。ここは西尾城関連の庭園かと思いきや、さにあらず。西尾城東の丸の遺構に作られてい入ますが、作庭は昭和初期。それでも100年近く前ということにはなりますか。

西尾城東の丸の遺構に作られた尚古荘

西尾城跡

尚古荘にほぼ隣接するのが、西尾市歴史公園。まるまる西尾城の跡地です。門や天守閣がありますが、再建されたもの。天守閣の内部まで無料で入ることができます。

西尾城

旧近衛邸

西尾市歴史公園内にあるもう一つの施設が旧近衛邸。京都にあった江戸時代後期の近衛家の邸宅の一部を移築したものだそうです。近衛家というのは、歴史的に関白など朝廷の要職に付いてきた名家ですね。なぜ近衛邸が西尾に来たのかは定かでありませんが。

数寄屋造りの近衛邸
数寄屋造りの近衛邸

近衛邸では、庭に面した縁側で抹茶を頂くことができます。お城も見えてこれはお勧め。

近衛邸で抹茶
近衛邸で抹茶

西尾市歴史公園で見かけた飲料の自動販売機。どうやら製茶組合のようなところが仕掛けているようです。

西尾茶の自動販売機
西尾茶の自動販売機

西尾市歴史公園を出たら、ガンガン歩きます。目指すは西尾市の郊外に広がる茶畑。その辺りに製茶工場や、お茶にまつわる歴史的な場所があるからです。困ったのはランチの場所。どんどん町はずれに向かいますから、食べるところがあまりありません。やっと見つけた中華料理屋さんの味は…ノーコメント。

途中見かけたのが西尾を代表する製茶会社、株式会社あいや。ここは前もって予約しておくと工場見学もできるそうです。後ほどここのカフェに立ち寄りますが取りあえずは通過。

株式会社あいや
株式会社あいや

実相寺

実相寺は1271年、当時この地を支配していた吉良氏の菩提寺として建立。この頃から境内でお茶を育て、お茶がたしなまれていたとか。さほど見るべきものがあるわけではなく、周囲の大きな黒松が印象的でした。

西尾 実相寺
西尾 実相寺

紅樹院

紅樹院は実相寺からあまり離れていないところにある寺院。実相寺からは茶畑の間を通ることになります。西尾らしい雰囲気。

紅樹院は徳川家康の叔母の菩提寺だそうです。が、建物や文化財等見るものはさほどありません。ここで見るのはお茶の木。明治時代になって、紅樹院の住職が宇治からお茶の種子と製法を持ち込んだことによって、現在のお茶の産地である西尾に繋がったそうです。実相寺で育てられていたお茶は…今のお茶とは繋がっていなかったのですね。

紅樹院の茶の木は、その頃宇治から持ち込まれたものの子孫だそうです。紅樹院は文化財というよりは、現在の西尾のお茶の礎となった地、という意味で西尾では大切な場所なんですね。

紅樹院の茶の木
紅樹院の茶の木

あいやで抹茶パフェ

紅樹院を見学したら、来た道を戻り、西条園抹茶カフェ西尾本店(あいや本店)へ向かいます。ここは株式会社あいやの工場に併設されたカフェです。

頼んだのはこれ。抹茶パフェとお抹茶のセットです。後ろには小さな庭園があって、ちょっと良い雰囲気。おいしゅうございました。本当は、他のカフェでも抹茶パフェを試してみたかったのですが、結構ボリュームがあって、結局ここでしか食べませんでした。

西条園抹茶カフェ西尾本店(あいや本店)の抹茶パフェ
西条園抹茶カフェ西尾本店(あいや本店)の抹茶パフェ

茶畑を抜けて

あいや本店の抹茶パフェを堪能した後は、またまたひたすら歩いて西尾の市街地へ向かいます。茶畑の中を抜けるルートを選んでみました。

西尾の茶畑

ここが三河の小京都?

西尾市内は、ところどころに古い街並みや、小さなお寺が残ってはいるのですが、「小京都」と呼べるようなまとまりはないのではないでしょうか。

そうした中で唯一雰囲気が良かった道がここ。両側に寺院があり、石垣や塀が細い道を挟んで続いています。

三河の小京都

ここ以外はいくつかお寺の境内にも入ってみましたが、見るべきものもなく、かつては花街だったのかなあ、と思える路地を通って西尾駅へ。観光案内所で抹茶カリントウを購入して帰途に着きました。

恵那市岩村、富田地区の田園ハイキング

岐阜県恵那市には有名な岩村城跡があります。いつ行ったかなあ、と思って調べてみたらこちらのブログに岩村城へ行った記録が。2011年ですから9年前。この頃は子どもたちも小さくてどこでもついてきてくれましたが、今は親父の行くところに興味など持つはずもありません。

今回は岩村城へ行く前に、同じ岩村にある富田地区を訪ねることにしました。「日帰りウォーキング 東海」を見ていたら、この地区のハイキングの記事があったからです。「農村景観日本一」とか。そそりますねえ。岩村城跡と組み合わせて11月11日に自家用車で訪ねてみました。岩村の町からは車で10分かかるかどうか、というくらいのところです。

まず訪れたのは週に数回だけオープンするというパン屋さん、「郷の薪窯パン Kitto!」。薪窯でパンを焼いていて、人気があるのはベーグル。いくつか買ってきましたが、通常のベーグルよりは小ぶりでしっかりした感じ。薪で焼くためか香ばしいです。

郷の薪窯パン Kitto!
郷の薪窯パン Kitto!

Kitto!の店内は撮影していないのであしからず。購入したベーグルはこちら。

Kitto!のベーグル
Kitto!のベーグル

ハイキングするために、車はふるさと富田会館という施設の駐車場に停められる、ということでしたが、最初、この入り口がわかりませんでした。少し行き過ぎたりしてうろうろしてしまいましたが、国道から富田川沿いの細い道を少し入った、神社の隣にありました。駐車場の脇にはハイキングコースの案内板がありますが、施設内には人影がありません。

富田地区のハイキングコース案内板
富田地区のハイキングコース案内板

この案内板をざっと眺めて、農村景観日本一展望台まで行ってみることにしました。

歩き始める場所はこんな感じ。のどかな農村風景です。

岩村 富田地区の農村風景

棚田の間を歩いていると、茅葺屋根の民家が見えてきました。今は民宿になっているようです。

茅葺き屋根の民家

近づいて見るとこんなおうち。思ったよりこじんまりとしています。

茅葺き屋根の民家
茅葺き屋根の民家

富田地区を歩いていると、辻々に宗教的なモニュメントがあることに気が付きます。下の写真、奥に見えるのは薬師堂という小さなお堂です。この薬師堂は1714年まで起源をさかのぼれるようです。ただし、現在の建物は、かつての茅葺きが老朽化して建て直したものだとか。

富田 薬師堂の近く

気持ちよい農村ウォーク。

電線などがあまりない、奇麗な農村風景が続きます。

岩村 富田地区
岩村 富田地区

こちらは阿弥陀堂。1703年には記録があるとか。近所のおばさんとちょっとお話ししました。

岩村 富田地区阿弥陀堂
岩村 富田地区阿弥陀堂
岩村 富田地区阿弥陀堂

阿弥陀堂からしばらく車道を歩くと、農村景観日本一展望台。訪れる人もなく、ひっそりとたたずんでいる感じ。せっかくこのような施設を作っても、駐車場もないですし、どこかちぐはぐ感が。

農村景観日本一展望台
農村景観日本一展望台

農村景観日本一展望台からの眺望。決して日本一の眺望と言っているわけではなく、日本一の農村景観を眺める展望台です。

農村景観日本一展望台

この後はぶらぶら農村風景を眺めながら、車を停めた富田会館まで戻ります。歩くコースは他にもありますから、一度民宿にでも泊まってゆっくり散策してみたいですね。

この後、岩村の町岩村城跡へと向かいました。

関ケ原古戦場ハイキング

関ケ原と言えば言わずと知れた1600年、関ケ原の合戦の場所。しかし、関ケ原古戦場にあるものと言えば「ここは徳川家康の陣地」「ここは石田三成の陣地」「ここは合戦の場」といった、記念碑だけというイメージでいました。ですから「わざわざ歩きに行くこともないだろう」と思い込んでいました。

ところが、ハイキングの目的地選びの参考にと購入した「日帰りウォーキング 東海 (大人の遠足BOOK)」という本を見てみると、「エコフィールド」とか「東海自然歩道」の文字が。「え?関ケ原って、陣跡の看板を見て歩くだけじゃないのね?」と思い直し、10月12日、紅葉のシーズンにはまだだいぶ早いですが、歩いていても暑さを感じなくなったころに出かけました。

まずはこの日の関ケ原古戦場ハイキングの行程を編集した動画から。

JR関ケ原駅を出たら、駅前の観光案内所でハイキング用のマップを手に入れることができます。数多くのコースが設定されていますが、この日は「日帰りウォーキング東海」に載っていたコースにほぼ沿って歩くことにしました。でもいつか、小早川秀秋が陣をしいた松尾山とかも訪ねてみたいですね。

JRの駅から道をたどり、高架でJRの線路を越えます。その先にあるのはできたばかりの岐阜関ケ原古戦場記念館。この日はオープニング直前で、セレモニーが行われていました。体験型のミュージアムのようなので、また今度来たいですね。

さて、記念館は素通りして、まずはコンビニでお弁当を買います。今日のルート上にはレストランはないのです。日本の田舎は途中食べるところが限られており、調べてから行っても閉まっていることも多く、注意が必要です。ですからこの日はあらかじめ弁当を買い込むことに。

岡山烽火場

まず目指したのは岡山烽火場(のろしば)。合戦の開始を告げた場所ですね。小高いところで、関ケ原駅からも旗が立っているのが見える場所です。ここまでの道は、集落の間を抜けるところも歴史を感じさせますし、竹林の斜面も風情があってお勧めです。

竹林を抜ける

烽火場からは樹林の中、東海自然歩道に沿って進みます。急な上り下りもない、気持ちの良い山道です。やがて到着するのがエコフィールド。農業用のため池がいくつか並んだところを道が通っています。きっと水生生物などが多くいるのでエコフィールドになっているのでしょうね。

エコフィールドへ

関ケ原の合戦決戦地

エコフィールドを抜けると道は平地に下り、国道の下をくぐります。しばらく歩くとコスモスの花畑が見えて来て、その先が決戦地。記念碑が立っているだけです。

コスモス畑と決戦地

笹尾山石田三成陣跡

決戦地の向こう側、山の上に見えるのが石田三成が陣をしいた笹尾山。その登り口には笹尾山交流館という施設があり、鎧兜を借りて身につけることができるとか。ここから笹尾山までは一登りです。笹尾山の頂上からは関ケ原が一望できます。

石田三成陣地笹尾山頂上

さて、笹尾山からさらに東海自然歩道をたどるのですが、どうもどこに道があるのかがわかりません。しばらく探すと、笹尾山頂上にある神社の奥の笹に覆われた中に踏み跡らしきものが。「これかな」と思って進むと、次第にはっきりしてきて、東海自然歩道によくある丸太を横に並べた階段が。間違いないですね。道は集落の中に入っていきます。

集落の中で見かけるのが、自然石のようにしか見えない石が祀られているもの。お地蔵さんが風化したのか、それとも自然石をお地蔵さんに見立てたのか。あるいは関ケ原合戦で亡くなった武士を弔うための墓碑であったのか。正体はわかりません。

自然石を祀る?

このあと、島津義弘陣跡、開戦地、小西行長陣跡、徳川家康最後陣跡、そして東首塚とまわって関ケ原駅に戻りました。この辺りは「記念碑巡り」みたいなものになりますから、ハイキングとしてはあまり面白くないですね。

後日小早川秀秋の陣跡である松尾山へ行った話はこちら

虎渓山永保寺と多治見市内ハイキング

名古屋からは中央線でほど近い、岐阜県多治見市。美濃焼の町として知られていますが、日本一暑い町としても最近有名になりました。暑いのはかないませんから、晩秋に近い、11月12日にハイキングのつもりで訪れました。

ハイキングと言っても、JR中央線多治見駅の周辺は都市です。特に観光地もありませんし、車が行きかう道の歩道をしばらくはひたすら歩きます。最初の目的地は虎渓山永保寺(えいほうじ)。国宝の建物があり、紅葉で有名なお寺です。

多治見駅から永保寺へ向かう途中にあるのが、虎渓窯という美濃焼の窯元。メインの道路から急な坂道を上がった丘の上にあります。看板に導かれて行ってみましたが、しんとしていて誰かいるのかいないのかもわからない状態。そのまま降りてきました。

虎渓窯
虎渓窯

さらに交通量の多い道を進みますが、永保寺に近づくに従い、林が増えてきます。かつてこの辺りは樹林におおわれた丘陵地だったことを伺わせます。色づく木々を愛でながら歩きます。

紅葉
紅葉
紅葉
紅葉

そして見えてきた虎渓山永保寺の石柱。ここまで多治見駅から徒歩30分ほどでしょうか。

虎渓山永保寺石柱
虎渓山永保寺石柱

いよいよ永保寺です。寺院が並んだ道を進んでいくと、目の前に現れるのは古風な寺院と紅葉。これが国宝に指定されている観音堂で、鎌倉時代末期の建物です。

虎渓山永保寺観音堂
虎渓山永保寺観音堂

永保寺庭園の方に入っていくと、そこは別世界。まさに極楽浄土と思うくらい美しい世界が広がっていました。美しい日本庭園、紅葉を映す池、そして古風な寺院。超フォトジェニック。いや、今風に言えば「ばえる」風景が広がっています。

虎渓山永保寺観音堂と紅葉
虎渓山永保寺観音堂と紅葉

庭園周辺の紅葉も、どこをどう切り取ろうか迷うくらい美しいです。永保寺は期待以上!

虎渓山永保寺の紅葉
虎渓山永保寺の紅葉
虎渓山永保寺の紅葉

そしてもう一つの国宝が開山堂。1352年にできたとされています。柵があって近づくことができませんから、紅葉に開山堂を含めた一枚。開山堂は隠れた位置にあるので、うっかりしていると見逃してしまいかねません。

虎渓山永保寺開山堂
虎渓山永保寺開山堂

永保寺を堪能したら、今度は多治見の市街へ向かいます。永保寺の西参道を通って虎渓公園の方に出ようと思ったのですが、西参道がわかりにくい。永保寺の境内には地図もないですし、しばらく迷ってしまいました。

西参道には一定の距離ごとなのか、道ばたに石仏が並んでいます。

永保寺西参道の石仏
永保寺西参道の石仏

虎渓公園はさほど見るべきものもなく、パス。

虎渓公園
虎渓公園

次の目的地はカソリックの修道院です。正式には神言会(しんげんかい)多治見修道院。1930年設立の本格的な修道院で、建物も西欧風。周辺にはブドウ畑もあって、かつてはここでワインも作っていました。今は外部に委託しているとか。礼拝中でなければ聖堂の中も見学できます。

多治見修道院
多治見修道院

修道院の売店では、ワインやクッキーなどを販売しているのですが、行ってみたら誰も人がおらず、購入は諦めました。

さてここからは、だんだんと街歩き。美濃焼のお店やギャラリーが立ち並ぶ本町オリベストリートへ。ここで抹茶茶碗を物色。モダンな建物のギャラリーもあれば、古民家を使ったショップもあり、焼き物に興味がある人なら楽しめます。

本町オリベストリート
本町オリベストリート
本町オリベストリート
本町オリベストリート
本町オリベストリート
本町オリベストリート

ギャラリー併設のカフェで遅めの昼食を取ったら、多治見駅へと戻ります。その途中に通過するのが、多治見の古い商店街である、ながせ商店街。まるっきり昭和。自分が生まれた昭和の街並みが、文化遺産のように見えてしまうのはちょっと悲しい気もしますが。

多治見ながせ商店街
多治見ながせ商店街
多治見ながせ商店街
多治見ながせ商店街

商店街を抜ければ、多治見駅はすぐです。

水原(スウォン)のイタリア料理店

ソウルから水原(スウォン)へは地下鉄を乗り継いで行きました。水原まで行く電車がどれかわからず、戸惑いましたが、身振り手振りと「スウォン?」という聞き方で「OK!OK!」と言われたので良しとして乗っていました。

ソウルの地下鉄網はよく発達していて、近郊の鉄道にも乗り入れていて便利です。切符の販売機では日本語表示もあります。乗車チケットはほとんど磁気カード式になっていて、タッチするだけ。一回だけ使用するチケットは、改札口を出たところにある機械に入れると、デポジットの500ウォンが返却されます。

スウォンは思ったよりも大きな町でびっくり。ひなびた遺跡のあるだけのところかと思っていましたから。地下鉄駅のロッカーに荷物を入れようと3000ウォンを投入するも、うん?鍵がかからない!返金もできない!というわけで、3000ウォンとられてしまいました。荷物は別のロッカーに入れることができましたが。

まずは駅前のレストランで腹ごしらえ。韓国料理が得手ではない末娘も大丈夫なイタリアン。パンの中に入っているスパゲティ!

韓国のイタリアン

こちらはピザですが、これも一工夫してあります。ちょっと高めのお値段ですが、満足。

ソウル北村散策と韓尚洙刺繍博物館

宿がある北村周辺は韓家の多い、歴史的な地区。ここを散策して、韓尚洙刺繍博物館(ハンサンスジャスパンムルグァン)を訪ねてみました。

北村のたたずまいはこんな感じ。古い韓家の屋根の連なりと、比較的新しい家とが混在しています。

ソウル北村のたたずまい

韓尚洙刺繍博物館(ハンサンスジャスパンムルグァン)はこんな北村の坂の上、路地を入ったところにあります。

韓尚洙刺繍博物館(ハンサンスジャスパンムルグァン)

座敷に靴を脱いで上がって展示を見る仕組みです。写真撮影もOK。

これは枕かな。

韓国枕の刺繍

こちらは装飾品。鳳凰なのか、雉なのか、ニワトリなのか。

韓国刺繍の鳳凰

障子?のように紙が貼ってある韓家の窓の雰囲気は、日本とちょっと共通していて、間接照明風で良い雰囲気です。

庭には刺繍とは関係ないと思われるけれど、大量の甕が。キムチとかつけるものでしょうか。

韓国の甕