醒ヶ井宿から醒井養鱒場へ

醒ヶ井

2020年10月7日、JR東海道線の醒ヶ井駅から、醒ヶ井養鱒場までを歩いてみました。醒ヶ井は中山道の宿場町で、街道沿いを流れる地蔵川は清流かつバイカモの生育地として有名ですが、10月ではバイカモは見られません。宿場町散策も、またいつか中山道ウォークの一環で行うこととして、この日は養鱒場まで歩くことにしました。
醒ヶ井養鱒場は、かつては東洋一を誇った規模の養鱒場です。小学生の時に遠足か何かで来た記憶がありますが、どんな機会であったのかすら既に記憶にありません。まあ半世紀ぶりということですね。
JRの醒ヶ井駅で降りたのは私一人。一応無人駅ではないのですが、かなりそれに近い状況でしょうか。交通系ICカードは使えますが、切符の自動販売機はなく、列車が来る直前にだけ、切符売り場と改札に駅員さんが現れます。
醒ヶ井駅から醒ヶ井養鱒場までの道は、ほぼ川沿い。のどかな風景が続くほかは、観光スポットもほぼありません。下丹生という集落の奥に下丹生古墳という古墳がありますが、訪れる人もほぼいないと思われます。横穴式石室があって、中まで見ることができます。下丹生古墳の解説はこちら

まずは醒ヶ井駅からの動画。Facebookにアップしたものです。

続いて下丹生古墳から。

横を流れる川がだんだん渓流の様相を見せ始めると、醒ヶ井養鱒場に到着。

別にマスを見たいとは思わなかったので、お金を払って養鱒場の中に入るのはパス。さて、養鱒場以外に食事ができるところはないかと地図を見ると、醒井楼の案内が。

醒井楼の手前にあったのが霊山三蔵の廟。霊山三蔵って誰?と思ったら、遣唐使として最澄や空海と共に唐へ渡った僧とのこと。非常に優秀だったので唐の皇帝に重用され、三蔵法師の称号を賜った唯一の日本人僧侶になったとのこと。しかし、帰国がかなわず唐で生涯を終えたそうです。うーむ。知られざる日本史。彼が帰国していたら、最澄や空海以上のことをしでかしていたかも。

さて醒井楼。平日だし、コロナだし、営業しているかどうか不安ではありましたが、近づいていくとおかみさん?が顔を出し、「寄ってってください」ということで、ここでランチを頂くことにしました。

ランチの後は背後にある松尾寺を拝観。松尾寺はかつては後ろの山の上に大伽藍を構える天台宗の寺で、戦国時代には僧兵も大勢いたとか。しかし、比叡山に向かう織田信長に焼かれてしまったとのこと。その後再建されたものの、今はほぼ廃寺同様になり、本尊などだけがレストランの裏の小さな本堂に納められています。ただ本堂内は撮影禁止。拝観料500円は、秘仏は非公開。拝観料というよりは、お寺を維持するための寄付金のような印象ですね。

松尾寺跡遺跡は良いハイキングルートになっているそうなので、後日訪問することにしました。

帰路は真っすぐ醒ヶ井駅へ戻ります。片道1時間ほどでしょうか。